23歳から、リフォーム・広告代理店・教材会社などの「飛び込み・テレアポ営業」を始める。
26歳の時「飛び込み・テレアポで家を売る」不動産販売会社に入社。数々の失敗や試練を経験し、
その独自の営業手法を身につける。
その営業手法は圧倒的で、値引きをしても一切売れなかった「売れ残り物件」を、お客と初めて会ってから、わずか5〜7時間足らずで契約を確定させる。在職中の一年半(売れなかった時期6ヶ月を含む)の契約高は約16億円にも上る。
また、会社設立後、わずか一年の間の契約本数は「60件以上」契約高は「20億円」を超えた。
現在までに、一人で販売してきた総契約総額は「78億3千万円」契約数は「250件以上」
これらの全ての物件が、品質は良くても商品力が無く、値引きをしても全く売れなかった「売れ残り物件」であり、これら全てを営業力だけで売り抜いた。また、スパイ潜入でお客のフリをしてきた「同業他社」の人間も契約して帰っていったという「通常ではありえない」契約の経験もある。
一切興味のない人でも、話をすると「5人中3人」は契約になり、少しでも興味のある人であれば
「10人中8人」の確率で契約になる。(業界平均は商品力があっても10人中1.8人といわれている)
そして、これら全ての契約は「100%、即決」であり、日を延ばしたことは、一度たりとも無い。
また、頭を「ペコペコ」下げる「お願い営業」を最も嫌い、「買ってください」「契約してください」「お願いします」などという言葉をお客に対して使ったことは一度たりともない。
このような「常識では考えられない」これらの実績から、いつしか
「有川のワントーク(一回の営業)の価値は3000万円はある」
「有川が無理な客は、世界中の誰がやっても無理」
「不可能を可能にする男」
などと称されるが、当時「営業は自分で考えて経験して学ぶモノ」という「確固たる考え」があり、
独自の営業手法を人に教えることは一切拒み続けてきた。
そのために「なぜ、有川にはあんな営業が出来るのか、誰にも分からない」と言われ、トークを聞くだけでは絶対に分からない程に計算しつくされ、組み込まれたその営業手法は、謎に包まれたままとなっていた。
しかし「営業と経営は別物」という言葉の通り「社内の分裂」「傲慢さのツケ」など、営業マン上がりの経営者が陥る学びや失敗などを経験し、苦しんでいた。
そのころに「全く売れない」一人の営業ウーマンに出会う。
当時、経営者への脱皮に苦しんでいたさなかでもあり「昔の売れなかった自分」をその営業に見たような気になり、その場限りという条件で、その営業ウーマンに営業のアドバイスを行う。
その数ヶ月後、アドバイス通りにやった営業ウーマンが、今までの3倍近くの売り上げを上げたと大喜びで報告に来たのを目のあたりにし、自分の営業手法は、「他業種」でも効果があることを実感。
このような経験から、過去の壮絶な実体験で誰よりも「売れない苦しみ」を知っていることが拍車をかけ「本当に他の人や業種に関係なく出来るのであれば、現場最前線で孤独に苦しんでいる、現場の最前線の営業の人にだけ教えてあげよう」と、これまでには思いもしなかったことを考え始める。
その後「自分の感覚的な営業手法」を、「理論的かつ具体的・実践的なノウハウ」として、誰にでも使いこなせる事を目標に「分解・分析」し、様々な業種の営業マンに対して、実験的にノウハウの提供を始め効果の測定を行う。最初は思うような効果が出ずに苦しんだが、試行錯誤、改良を重ねるうちに効果が現れ始める。
そして、2004年12月、「誰にでも簡単に営業力を上げることが出来る」ようにまとめられた「高確率」「カンタン」「スピーディー」の「営業ノウハウ(基本編)」が、遂に完成する。
2005年3月より「営業マンを雇っている経営者の為のコンサルティング」ではなく「現場で泥水を飲むような思いで苦しみながら戦っている現場営業」のために「実践的、かつ具体的で効果的」な営業ノウハウを提供する「現場営業コンサルティング事業」を新たにスタートさせる予定で、現在日夜徹夜の日々が続いている。
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